書評 4点の本: 2008年1月アーカイブ
1万円もするパソコンのキーボードを
買うかどうかで悩んでいた。
ヨドバシカメラになんども往復して、
キーボードで1万円ももったいないなぁって
2,3ヶ月もの間悩んでたら、
あほらしくなった。
もし、年収365万円だとすると、
(実年収は違うけど)
日に1万円ぐらいの価値はある。
悩んでる時間のほうがもったいないと思ったからだ。
600円ぐらいの
電気の延長コードとかでも、
1時間位ぐらいかけて悩んでいるとかあったけど、
時間のほうがもったいなかった。
こんなことに時間を使うのもったいない、
これなら時間をつぎ込む価値があるかどうかを
年収を元に、
時間もお金換算して判断基準とすると便利だと思った。
いい癖だなと思ってたんだけど、
人との付き合いの時間を換算しだすと、性格は悪くなり、
たいしたことをせずに時間を過ぎていくと、反省ばかりで
あまりよくない。
そんなことを考えていたので、
会社の状態をすべて金額で表現する制度=会計を扱ったこ
の小説を買ってみた。
トゥルルルー、トゥルルルー
ホテルの電話が鳴り出した。
「・・・はい、柿本ですけど」
僕はとりあえず受話器を取り、今日の第一声を発した。
「あっ、カッキー、ちゃんと起きてるの!?ここでの監査は今日一日しかないのよ。だから、今日は七時にホテルのロビーで集合って言っておいたでしょう!」
朝っぱらから、かわいい甲高い声が受話器を通して聞こえてきた。
「萌さん、朝からテンション高いですね」
角川文庫 P7より
上の引用は、物語の一番出だし。
まず買う前から、
表紙の主人公の絵がきれいで、
こりゃ、この表紙の絵につられて買う人が多そうだ
とは思っていた。
裏表紙には「キュートな」女子大生って書いてるし。
でも、カバーと内容は別物だと思っていた。
が、
まず、「かわいい」甲高い声
という、無意味な形容詞。
萌えるなどを連想する名前。
読み始めて、
なんてあこぎな小説や。
本を売るためやったら、
ここまでやるか、角川はんは。
と、一度、ほんとに本を置いた。
だいたい、会計士と、事件簿(読む前は殺人事件と思ってた)と、
からましているだけでも、
不自然なのに、
書き出しでこれだったら、
主人公の萌は
幼顔で、巨乳で、ツンデレで、幼馴染で
とか、とんでもないオプションがついていって
内容が破綻してるんちゃうかと
1ページでうんざりした。
不甲斐ない。
このままでは、
日本の小説は滅びてしまうぞみたいな
涙ながらに憂本の感想文を書くもの面白いかと
読み進めることにした。
読み終わっても、
題名「女子大生会計士の事件簿」だけど、
主人公が女子大生である必要性が感じられない。
初めて読む作家だと、
うまいのかなと、
ちょっと意識的に
作者とは逆の性別の口調に注意して読むけど、
主人公の萌実の口調は
ところどころ、不自然だと思った。
なに?この小説と思ってたら、
あとがきで、
<公認会計士>という目線をとおすことによって、<経理業務の奥深さ><監査のスリリングさ><会計トリックのミステリー的要素>、ひいては<会計の面白さ>を読者の皆様と一緒に楽しみたくてこの小説を書きました。
<角川文庫 P216より>
子供向けのテレビなら、
子供にこびて説明するのと同じように、
大人には、大人が喜びそうな会計の説明をするために、
こんな、書き方をしてたのか。
最近、大学受験でも、
もえたんがあったり、
アニメ声優さんが使われてるのと同じで、
萌え会計
みたいな感じか。
納得した。
読みやすかった。
会計が、
こんなに融通がきくものと知らなかった。
殺人はないけど、事件簿っていうのはうなずける。
読んだ時間を、
お金に換算したとしても価値はあった。
おっさんの感想文は
面白いかな~って、
疑りながら読むのが出発点だったけど、
感想文より、
買うまでと疑いながら読む過程が主題になってきている。。。
感想文とかいいながら「感想」自体は少ないし、
偉そうなこと言えないか...
書評(10点中) 4点
読みやすさ + 0.5点
スポーツで、
感極まって抱き合ったりしているが、
本の感想で、
人と抱き合うほどのことがあるだろうか?
僕にはある。
たまたま駅であった顔見知りぐらいの人と、
駅で会って、仕事場まで話もないので
「本って読みます?」
と当たり障りのない話を切り出した。
すると、
「中高生のころは赤川次郎読んだなぁ」
と答えはった。
僕の年代か少し上の年代の人は
赤川次郎が全盛で、赤川次郎と切り替えしてくる人は多い。
こう返答された時、
今まで、ずっと疑問に思っていたことを聞いてみた。
「赤川次郎って、中高生が読むにはちょっとエロくなかったですか?」
すると、相手の方は、ふいに大笑いされて、
意味ありげな目つきでこちらを見つめてきた。
このとき、
手にあたっている冷たい液体が水だと理解して
「ウォター」と叫んだヘレンケラーのように、
今までさんざん読んできた赤川次郎は、
やっぱりエロかったんだー
と深く理解した。
叫ぶ代わりに二人は腹を抱えるぐらい大笑いし、
ほとんど面識がないおっさん同士の心は通じ合った。
それ以来、
赤川次郎を読んでたって言う人がいると
言うたろ、言うたろ
と楽しみに待っていた。
それから、かなり時がたち、
同級生だった女の子が、
「中学生のとき、赤川次郎はよく読んだよ」
って言ったので、
やっときたでと思って、
「中学生で読むと赤川次郎って、エロくなかった?」
って、得意気に聞くと
「えぇ?そ、そう?」
と、拒絶された。
握手しようと差し出した手を無視されたような感じを、
何とかつくろうとして、
他に赤川次郎というと~
と必死に考えていても
「いや、ちゃうよ、エロ本代わりに赤川次郎を読んでたんとちゃうよ」
という、わけのわからない言い訳と、
「赤川次郎って、このごろ太ってきてへん?」
ということしか頭に浮かばなかった。
僕にとって赤川次郎は世界一の娯楽作家です。
とか、過去の感想で書いてるぐらいなのに、
その時、こんな感想しか出ないのが、悔しくて悔しくて。
「赤川次郎の小説は、
ほろ苦スウィーツのようだ。」←って他の人がamazonの感想で言うてました。
のようなことを
こういうときにクールに言える大人になろう。
と、
いつものように気分転換ではなく、
今回は決意を持って赤川次郎に挑みました。
ドアを開けると、「過去」が流れ出して来て、朋余を包んだ。
「この匂い」
と、朋余は言った。「変わってないわ」
それは見た目に老け込んでしまった古い友人が、昔と同じ香水をつけているのに気付くようなものだった。
講談社文庫P233より
子供のころ、夢を見たことがない女性。
発見された幼なじみの死体。
甦る28年前の記憶。
と言っても、
夢を見たことがない=ある特定の恐怖
っていう感じで書いてるけど、
現実にそういう症例があるわけでもなさそうだ。
僕は赤川次郎の小説なら
どんな設定でも受け入れる準備がある。
許容範囲。
最終章で明かされる真実!
○○は××のベテランで...
って
えぇ~~
最終章で明かされるかぁ
知らんがな、そんなん。
でも、赤川次郎の小説で
ミステリーを期待しているわけでもないので許容範囲。
一番致命的なのは、このごろ、
赤川次郎の小説はやっぱり説教くさいと感じてしまう。
これはどうしても引っかかる。
昔から、
「言ってもわからない人はいる」
みたいなのはあったが、
あきらめて自分の道を歩むみたいなストーリーが多かった。
けど、今は、
言ってもわからない人に説教くさいこと言ってる。
それを読むのがしんどい。
赤川次郎の
主人公がつらい体験を乗越えて、
エピソードがさわやかなのは今でも好きだ。
でも、昔書いたような
「
こんなに読みやすくて、
ストレスが発散される作家は僕は知りません。
僕にとって赤川次郎は世界一の娯楽作家です。
」
ほどに、最近の書いたものは思わない。
で、
クールに赤川次郎の感想を書きたい。
って望みを抱いて読んだんですが...
「赤川次郎は、芳醇なウォターだ。」
って意味不明なのしか考え付かなかった。
クールに読書感想文語ってる自体異常だし。
普通に赤川次郎の一番面白かった作品聞こう。
書評(10点中) 4点

