書評 5点の本: 2006年12月アーカイブ

自分のウリは、 広く言えば自分のリアクションを引き出すことでした。 前の会社の面接で、 人事部「君の問題解決能力を発揮した例を教えてください」 僕「私が問題解決能力を発揮したのは、  自分の学校に愛校精神がもてなかったので  この愛校精神というあいまいなものをどう持たせようかと考えたところ  犬のマーキングに注目しました。  そして、学部の校舎にあるすべての便器を使用することで  愛校精神を養いました。  私には、  人とは違う問題解決法を探し出し実行する行動力があります。」 人事部「それでほんとに愛校精神がつきましたか?」 みたいなやりとりをして、内定をもらった。 (注、すべての便器といっても女子便所除く、教務用は忍び込んで一個だけ使用)

でも、僕の場合
自分のリアクションを引き出すことまでで、
少年Aのように
猫を殺して解剖している瞬間、
自分の感情はどんな風に乱れるだろう。
のような、
自分の感情を客観的に観察するという視点はなかった。
正直、読んでる瞬間、すごいと思った。
通勤電車に乗っている時に、
小さいころ、蛙を握りつぶして蛙を怖くなった。
今、蛙を触ることさえ抵抗があるけど、
もう一度握りつぶしたら、
自分はどんな風に感情が動くんだろう
って、考えてました。
自分の感情を観察するというのは魅力的なところがある。
でも、
自分の感情が興味の対象であるために、
自分の感情を引き起こすための、
ファクター(ここでは蛙)などに、可哀想っていう感情がわかない。
自己中心的ってこんなことなんかなと、思った。
こういう考え方はヤバイ。

「おらんわ。興味ないもん」
「女の子に?」
「うん。友達とかあるみたいやけど、僕はあんまり興味ない。そういうのって変かな?」
「そやねえ。人にやるけど、ちょっと幼いかも分からんよ」
 その時点では、あの子の性的衝動が、猫の解剖や人間の死のほうへ急速へ向かっているとは、想像もつきませんでした。
文春文庫P212より
まじめで優柔が利かないところがあるが、 人がよくほのぼのしている性格で子供への愛情が深い母親と、 殺人に性的興奮を持つ息子の恐ろしく食い違った親子の話。

よく少年Aの母親が非難されてる。
なぜ、気づかなかったのかと。
でも、親は子供を疑うのが普通なんだろうか?

この手記には
「気づかなかった」「知らなかった」が
連発されてます。
一部では少年A冤罪説さえ出てるらしいが、
ほとんどの話が伝聞で、少年Aの奇行は、
報道陣がニュースになるように尾ひれをつけたり、
でっち上げてるものが多いらしいです。
(ネットで調べたけど、
 どこまで信憑性あるかも疑問で時間がかかるので辞めた。)
実際なかったものに
「知らなかった」と母親がコメントして
「親やのにそんなことも知らんかったんか」
ということもあるんじゃないかなと思う。
だいたい
子供が猫殺して興奮する性癖のある人は
どうやって教育すればいいんだろう。

三島由紀夫の「金閣寺」を読んだ時、
興味を持ったのはよく分からん主人公よりも、母親でした。
(自分のために)主人公の出世を願い、
金閣寺の住職にまでなれると目論んでいた感じに母親が書かれていました。
主人公が金閣寺放火後、母親が自殺した話の方が興味あるなと思った。
こうやって死ぬ時、
最後に絞り出てくる言葉は、子供のことよりも
「ちきしょう」
と思う。

子供がいないから分からないけど、
僕だったら、
「子供のことは、勘当したので知りません」
ってい言いかねへんから。

一方、少年Aの親ほど、
事件後も子供に愛情を注げる親は少ないと思う。

この本とは関係ない話、
この事件のとき
親が出てこいとかよく言って、なんでかなと思ってたけど
赤軍派の親って謝ってたんですね。知らんかった。

書評(10点中) 5点

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