「1973年のピンボール」 村上春樹

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小説の基本情報 1973年のピンボール (講談社文庫)表紙
1973年のピンボール
村上 春樹
講談社
発売日:2004-11
定価:¥ 420
183ページ
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前回の、風の歌を聴けはよく分からなかったが、
1973年のピンボールのテーマは
たぶん、繰り返し。
だと思う。


 異和感......。
 そういった異和感を僕はしばしば感じる。断片が混じりあっていしまった二種類のパズルを同時に組み立てているような気分だ。とにかくそんな折にはウィスキーを飲んで寝る。朝起きると状況はもっとひどくなっている。繰り返しだ。

講談社文庫 P12

「あなたがピンボール・マシンから得るものは殆んど何もない。数値に置き換えられたプライドだけだ。失うものは実にいっぱいある。歴代大統領の銅像が全部建てられるくらいの銅貨と(略)取り返すことのできぬ貴重な時間だ。
 (略)
 しかしピンボール・マシーンはあなたを何処にも連れて行きはしない。リプレイ(再試行)のランプを灯すだけだ。リプレイ、リプレイ、リプレイ......、まるでピンボール・ゲームそのものがある永劫性を目指しているようにさえ思える。
講談社文庫 P30

で、 繰り返しというのは、すごく興味のある話なので、 それがテーマだと、最後まで信じ続けた。

過去にしていた繰り返しを、現在も惨めに思っているのは分かる。
(正直、それで長々感想もかけそうなんだけど)

でも、
パズルは解けるのが分からない。
双子は消えるのも分からない。
なんでも、テーマと結び付けたがるので
テーマを決め付けて読むこと自体よくないかもしれない。

最後がよく分からんが面白い。
最後がどういう意味かよく分からない。
そもそも、最初からよく分かってないかもしれない。
でも、確実に面白かった。

読み終わってから、
『村上春樹は自作の解説を、登場人物が読んでいる本で暗示することが多い。』
と、amazonのレビューで書いていた。
確かに、
この作品で読んでるのは、「純粋理性批判」。
小説内で、「純粋理性批判」から引用される一説、
「哲学の義務は、誤解によって生じた幻想を除去することにある。」
たしかに、小説にも通じるところがありそうで、何か重要そうだ。

で、
感想を書く前に
純粋理性批判について、調べた。
調べた結果、
概要さえ、繰り返し、繰り返し読んでも分からない。
主人公は、「純粋理性批判」なんて難しい本を読むから、
苦しむんだと、思いました。

書評(10点中) 6点 読みやすさ +0.5点