た行の作家: 2007年10月アーカイブ
「民衆は極楽浄土を願い、仏教が広まった。」
と、日本史で言ってた気がする。
よく不思議に思ってた、ほんと?
僕は、ほぼ毎日と言っていいくらい、
仏壇に手をあわしている。
手をあわしている時は、
必ず、無意識に願い事を言う癖がついてる。
それでも、今まで、
「死んだら極楽に行かして下さい」
なんて、頼んだことがない。
死んだ後残される家族は考えるのは分かるけど、
死んだ後のことなんか心配したことがない。
真言宗だから頼まないだけで、
一般には願っているもんなんだろうか。
とか考える。
で、この本を読んだ。
この作家、
「日本の地図から歴史を読む方法」
など他の本で聞いたことがある。
解説が定評があるのかなと期待したんだけど
読んで、
この作家、他の分野はいざ知らず、
仏教にそれほど思い入れがないんじゃないか
と思った。
○○は、・・・
次項では△△を取り上げよう。
△△は、・・・
次項では××を取り上げよう。
と延々と続いている感じ。
こんな無味乾燥な文章を覚えれるわけがなく、
読み終えても、何も覚えてない。
文字が頭の中を右から左に流れていった。
もうちょっと、故事とか取り入れている本だと思ったのに失敗。
で、
「死んだら極楽に行かして下さい」と頼む人がいるのか。
最初の疑問。
たまたまそんなことを考えていた時、
法事があって、
終わりに坊さんの説教を聞いていると、
「このごろ、関東では無宗教の葬式が多くなったそうですね」
「じゃあ、死んだ後どうなるんですか?」
「無宗教はよう知らないんですけど、無になるんとちゃいまっか」
みたいなことを言っていた。
これは、困る。
このごろ、年のせいか知らないけど、
お墓参りにいくと(心の中で)しゃべるようになった。
「おじいちゃん。元気ですか・・・」
って、死んでるねん!
と、生きてたらつっこまれそうなことをしゃべっている。
「死んだら極楽に行かして下さい」じゃなくて
「死んだら極楽で見守ってて下さい」のように
生きてる人間と死んだ人間がコミュニケーションするために
死後、「無」じゃなくて「極楽」というクッションをはさんだ
仏教が広まったんかなぁと本とは関係ないところで思った。
書評(10点中) 3点
よくネットで目にし、
日本のメディア芸術100選 (アニメ部門)
で自由投票でありながら上位を取った
涼宮ハルヒの憂鬱をYOUTUBEで
あまり期待もせずに調べると
ライブの映像が上位にヒットし、見てみた。
この中で男の登場人物が
舞台上のハルヒと思われる女性に
見惚れていた。
この見惚れているシーンがすごく気に入った。
北斗の拳で、
南斗水鳥拳のレイを見惚れていたユダのように
見惚れていることを自覚すると、悔しい。
ハルヒという破天荒そうな主人公をすえながら、
小説だと、
トマス・マンの「トニオ・クレーゲル」の
トニオのようなキャラクターを
登場させるなんて、
すごい面白いアニメかもしれない。
って、
勝手にストーリーを妄想して、
アニメを見て(YOUTUBEで)
角川の夏の百冊に選ばれたので小説で読みました。
上の期待で言えば
キョンにはがっかりした。
この男の喜怒哀楽は、
小説として読むほどの価値はない。
意外だったのは、
ハルヒの方が
自分がちっぽけさに悩んでいたことだった。
ところで
自分がちっぽけさに悩んでいた場合、
打開しようとする過程が面白いのであって、
悩んだ結果
漫画なら、
自分がちっぽけ
→努力
→目標を達成して終わる。
普通の小説なら、
自分がちっぽけ
→何してもやることが小さい
→さらに悩む
→結局普通が一番いいと、変に悟って終わる。
みたいなかんじでだいたい似通ると思う。
でも、
この小説は、
目標も達成せず、悟りも開かず、
悩んだまま突っ走り、
本人が気がつかないまま、
大きいスケールで話が進んでいく。
ライトノベルならではの、奇想天外さ。
奇想天外でありながら、
「ライトノベルなど読まず、
はやく寝て、その分、仕事をがんばればよさそうなものだ」
のように現実的なことを忠告しそうな
キョンの視点から見ることで、
この小説の世界観は現実を維持している。
ストーリーの着想がすごい。
だけど、
原作よりアニメで見たほうが面白かった。
意識したことなかったけど、
演出とかもよかったのかな。
あと箇条書き。
また、読む終わって、人の感想読んでたら、
「小説上でコスプレして、何が面白い。」
ってのがあった。
何も考えずに設定、オプションと受け流し
小説上のコスプレの意味など考えたこともなかったので、
読んだ時、なるほどと思った。
ライトノベルは絵になるけど。
いまだに、感想文というものがよく分かってないけど、
今回は感想というより、単に賞賛に近いと書き終わって思った。
書評(10点中) 5点

