井上靖の最近のブログ記事
ほこりのかぶった小説が、
「テレビ放送中」と押し出されてるのを
より見るけど、
買おうと思ったことはありませんでした。
今回は、新潮文庫の100冊で選ばれたので購入。
読んでみると、
両親が、大河ドラマを見てる隣で、
「来週は、板垣信方が死ぬごろやなぁ」
「いやぁ、原作では・・・」
と、言うのは気分が晴れる。
山本勘助は有名だけど、実在が疑問視されていた。
だから、一体何を書くんだろうと思っていたら、
話の骨は諏訪の由布姫だった。
「みんな死んで行く。せめてわたし一人は生きていたい」
姫は言った。その言葉は勘助が今まで耳にきらきらした異様な美しさを持ったものであった。武家の女なら誰も口に出すのを憚る言葉だったが、心を直接打ってくる何かがあった。
新潮文庫 P63より
勘助は信玄に献身的で、
強気な由布姫に振り回されてるだけの存在で、
キャラクターとして今ひとつ。
目立った戦術も出ずに今ひとつ。
せめて
由布姫をもっと前に出して諏訪への執念か、
生への執着を出してほしかった。
引用のシーン以外
全体的にすっきりしていて
どろどろ感がなかったのが残念。
最後の川中島の戦いで、
勘助の作戦が完全に裏目に出たときの
勘助の焦燥感と、
信玄の落ち着いた態度が
仕事柄
バグを出しておろおろしているプログラマーと
落ち着いて考えてるシステムエンジニアを思い浮かべて面白かった。
書評(10点中) 4点
たまたま時期悪く読んで、
おお泣きしてしまった、小説。
本屋で本を探していると、
この本の解説が、
「あすは檜になろうと念願しながら、永遠に檜になれないという悲しい逸話を背負った"あすなろ"の木に託して、...」
って書いてて、
あれ?漫画の
「第三野球部」
では、
あすなろって、あすはなろうという姿勢が大事で
結果は二の次みたいな扱い方じゃなかったかな?
有名な小説だから聞いたことはあったけど
まだ読んだことなかったな
って目にとまった。
あすなろが悲しい木?どういうことだろうと、
読んでいくと、
机の前に克己と書いて勉学に励んでいる少年が、年上のお姉さんに
「教えてあげるわよ、誘惑って知っている?勉強する人誘惑するの、面白いからよ」
新潮文庫P38
って、骨に抜きにされて、「いいよ、勉強はあすやるよ、あすやる」みたいな悲しい話やったんか!
...、ちゃうかった。
と、いやらしい話、
これを(やったんか!...、ちゃうかった。と)2,3章続けてると
感想一個できるわ。
感想が安上がりの小説に当たってよかったで。
感想の筋書きができたので
後書きやすいなと思って、
最後の名シーンを読んで一章終えた。
↓一章最後のシーン
「あすは檜になろう、あすは檜になろうと一生懸命考えている木よ。でも、永久に檜にはなれないんだって!それであすなろうと言うのよ」
と、多少の軽蔑をこめて説明してくれたことが、その時の彼女のきらきらした眼と一緒に思い出されて来た。
あすなろの木の下で二人が横たわっているそのことに何の意味もあろう筈はなかったが、その木の命名の哀れさと暗さには、加島の持つ何かが通じているように鮎太には思われた。
新潮文庫P42
時期が悪かったことに、
「スローカーブを、もう一球」にも影響され、
親に、
「受験生のころみたいな崩れた生活リズムになるかもしれん。
久しぶりにまたやるわ。」
と、久しぶりにやる気を出しかけてたとこだった。
たまたま同僚と飲みに行った。
だいぶ飲んでると
急に「あすなろ」の哀れさが身にしみてきた。
今のままでは劣等感に押しつぶされそうで、
明日は何かになろうとしても、
永遠になれない力のなさ。
だいたいが、あつかましくも、
心の中では、檜になれると思っている浅ましさ。
なれない雲の上のものやのに永遠に足掻いてるって、
いつまでやってんねん。
もう、いい年やないか。
もういい、もういい。
でも結局は明日はなるって思ってないとやってられない。
わかる。わかるぞ、あすなろ!
バーで音楽聴いて気分が高揚してたのもあったけど、
トイレで、どばーっと涙が出てきた。
店の人がトイレで何してんねんって心配するぐらい
涙がとめどなくでてきた。
「第三野球部」の解釈のように
結果を求めずがんばってると、
あすなろは立派な木と見るのはうまくまとまって、奥行きがない。
望みがないのに永久にがんばってる「あすなろ」を
哀れで可哀想という見方で考えると
すごく泣けてきた。
読んだ時期が悪かった。
せめて、読みきってしまっていれば
泣くような小説でもなかったのに。
書評(10点中) 7点
やる気が出てきたので久しぶりに
速読日記復活。
まず、さっさとホームページ作り上げちゃうことにしました。

